
8月16日 ― 片付けの朝に残る音、そして静かな約束。

祭りが終わった翌朝、集会場の戸を開けると、まだ空気に太鼓の残響が泳いでいました。 昨夜の笑い声も、足袋に染みた土のにおいも、畳に残る波のような跡も―― すべてが「今年の夏」の証でした。私たちはその痕跡を一つずつ拭い、来年へ手渡すために集まりました。

玄関の時計は午前九時を少し回ったところ。昨夜遅くに運び込んだ衣装箱や飲み物の袋を、役割ごとに分けていきます。 ひとつ仕分けを終えるたびに、誰かが自然と「おつかれさま」と声をかける。 その小さな言葉の往復が、まだ眠そうな身体をそっと起こしてくれました。

大広間では、青いシートが少しずつ小さくなっていきます。昨夜、子どもも大人も輪になって座り、 からあげやおにぎりを頬ばった場所。笑い声がはね返った天井の木目は変わらずそこにあり、 その下で、今年の夏の風景を丁寧にたたみました。

外では、地下足袋が塀いっぱいに並びました。濡れた靴底から陽の匂いが立ちのぼり、 ひとつひとつを手で返すたび、あの踏み出す音がよみがえります。 石段を上がる音、綱の前で踏みしめる音、そして、肩車の重さに耐える膝の音。 すべてを引き受けた足袋に、ありがとうを込めて手入れをしました。

台所では鍋が光を取り戻していきます。ふきんを絞る手、笑いながら交わる「今年もよかったね」の声。 片付けの時間は、祭りを言葉に変えていく時間でもありました。

シートが運び出されると、畳は少し照れくさそうに顔を出しました。 そこに残る細い跡は、誰かが肩を寄せ合い、笑い、時々泣いた証。 竹ほうきで掃き、雑巾で拭き、最後に全員で手を合わせて「ありがとうございました」と一礼しました。
神社へ、感謝の掃き清め。
集会場を整えたあとは、神社へ。鳥居の前には、前日の綱のくずと枯れたカヤが少しだけ残っていました。 それを集める手の動きは不思議と揃っていて、鈴の緒に触れた風の音と同じテンポでした。 祝詞の余韻が残る拝殿に軽く一礼し、石段の端を黙々と掃きます。 「祭りは片付けまでが祭り」。祖父たちの口癖を、私たちの身体が覚えています。

大好きな祖父から盆押し・盆綱引きの話をたくさんきいていました。
これからも、地域の人々のつながりを育みながら、盆押し綱引き行事が続くことを願っております。
手紙を読むあいだ、誰も言葉を挟みませんでした。紙の上の文字が、拝殿の灯りに照らされ、 そのまま胸の奥へ降りていく。私たちが手渡されたのは一枚の便箋ではなく、 「続けてほしい」という願いと、「聞いていたよ」という温かな記憶でした。

片付けを終えると、ささやかな打ち上げへ。グラスが触れ合う音に、 それぞれの一年が少しだけ軽くなる。子どもたちが写真の真ん中でピースを作り、 大人たちは肩を組んで笑いました。 「また来年」。その言葉が、今夜だけは特別に重たく、そしてやさしく響きました。


こうして、今年の祭りは静かに幕を閉じました。 片付けの日に流したのは、大きな涙ではありません。ほうきに落ちた小さな汗の玉と、 ぽとりと畳に落ちる笑いの欠片。そして、胸の奥にだけ見える灯り。 私たちはそれをそっと持ち帰り、来年の夏まで大切に守ります。
祭りを支えてくださったすべての皆さまへ、心からの感謝を。
祭りの片付けは、来年の祭りへの約束。
地下足袋は乾き、法被は箱に戻り、畳は静けさを取り戻す。
けれど心のどこかでは、まだ太鼓が小さく鳴り続けています。
「またここで会おう」。そう言って別れた背中の温度が、まだ手のひらに残っているから。
少しだけ悲しいのは、少しだけ誇らしいから。
今年も、この町の夏をみんなで守り切りました。ありがとうございました。
